ヨガにおける調気法とは?

調気法は重要なヨガ行法のひとつです。今日よく行なわれているさまざまな種類の調気法は、ほとんどが意志によってコントロールされた呼吸で構成されており、その意味では「ブリージング・エクササイプ」といえるかもしれません。しかし、ヨガの調気法が西洋諸国で一般に行なわれているそののエクササイズと異なっているのは、調気法では深呼吸とその酸素値はあまり重視しないという点です。それよりも、一時的に息を止めるクンバカという状態を発展させることに重点が置かれています。た、「プラーナヤーマ」という語は、「息、生気」を意味する「プラーナ」と、「休止」を意味する「アーヤーマ」から成り立っています。つまりプラーナーヤーマとは「息の休止」を意味するのです。そういうことからすれば、事実上、クンバカが調気法の意味をすべて包含しているといってさしつかえないでしょう。実際ハタ・ヨガでは、調気法はクンバカの名で知られています。「アーサナ、神々のクンバカ法、ならびにムドラーと呼ばれる諸行法の実践、その次にナーダ音に意識を集中するのが、ハタ・ヨガにおける修習の順序である」「クンバカは本来、次の三種類に分けられます。

1アービャンタラ(内的)・クンバカないしプールナ・クンバカ最大限、深く息を吸い込んだあとに。明久のいくらか、または、全量を肺胞に圧縮して止息すること。すなわち、それとともに肺の内部の圧力は増加します。2バーヒャ(外付)・クンバカないしシューンヤ・クンバカー一回換気量だけでなく予備呼気のいく
か、または全量を叶えるったあとに止息すること。すなわちそれとともに肺の内部の圧力は低下します。
3ケーヴァラ(単独)・クンバカ呼吸の中間段階で肺の内部の圧力と外気圧を同じに保ち止息すること。これは前者二つをかなり練習した後で自然にできるようになるものと思われます。
*肺気量について
1一回換気量ー普通の呼吸によって出入りする呼気または吸気の一回量。約四五〇cc。
2予備吸気量吸気の後、さらに努力して吸入することのできる最大の空気量。約一五五〇cc。
3予備呼気量呼気の後、さらに努力して呼出することのできる最大の空気量。約一五五〇cc。
4残気量最大呼気終了時になお肺の中に残っている空気量。約一三五〇cc。

5全肺気量 最大吸気終了状態で、肺の中に含まれる全空気量。約四九〇〇cc。

6肺活量最大吸気に続いて強制努力によって呼出できる最大空気量。約三五五〇cc。
7深呼吸気量平静の呼気の状態から吸入することのできる最大空気量。約二○○○cc。
8機能的残気量平静の呼気の終わった状態でなお肺の中に残っている空気量。約二九○○cc。

ハタ・ヨガでは、これらの調気法をバンダとともに実践するように教えています。コントロールされた吸息、すなわち「プーラカ」では、挙筋を収縮し直腸と肛門を引き上げるムーラ・バンダを同時に行ない、コントロールされた止息、すなわち「クンバカ」では、顎を胸に押しつけるジャーランダラ・バンダを同時に行ないます。咽喉部のくぼみのちょうど下に顎を押しつけると、二つの頸動脈洞がしっかりと圧縮されます。同じようにコントロールされた呼息、すなわち「レーチャカ」は、ウティヤーナ・バンダとともに行ないます。ウディヤーナ・バンダは腹壁、とくにへその下の部分を引っ込め、次に横隔膜を引き上げるようにするもので、これらを毎回行ないます。以上のことから、調気法は酸素や二酸化炭素の濃度の変化ということをあまり重視せず、肺内部の圧力、胸内部の圧力、腹部内部の圧力の操作と、その変化した圧力を一定の時間維持することのほうを重視しています。このように調気法では、吸息・止息・呼息の過程をすべて、それぞれ数秒ずつコントロールされた方法で行ないます。このようにして、ある特定の過程を相当な時間まで延長していくというやり方は、己だけでなくほとんどすべてのヨガ行法に通じるもっとも重要な点です。調気法の三つの過程はそれぞれに一定の比率で時間の限度が定められています。
これにはどうやら、修行者が自分の限界を超えて生命に必須の精密な呼吸メカニズムを損なわないように、またそれによって全身の機能を損なわないように、自分の能力を測るものさしを与える、という目的がありそうです。
調気法の技法はすべて非常に複雑なもので、呼吸の強さ、呼吸の各過程の長さ、呼吸の過程で身体の特定の部分に注意を向け集中することなど、呼吸の方法に関して具体的なきまりがあります。これらはみな、ヨガを学ぶ熱心な学生のためのものなので、本書ではあまり詳しくは紹介しません。ここでは調気法全般のだいたいの特徴について説明しておきましょう。

普通の呼吸と調気法の呼吸の違いとは?

調気法の呼吸方法について述べる前に普通の呼吸について触れておくと、そこにはおおよそ次の三種類の呼吸が見られます。
1胸式呼吸この場合、胸だけが上がり、腹部は完全にコントロールされ横隔膜の動きは最小です。
2腹式または横隔膜呼吸この場合、腹壁が顕著な役割をはたし、息を吸うときはふくらみ、吐くときは引っ込み、収縮します。このとき横隔膜の動きは最大です。
3胸腹式呼吸これは1と2を組み合わせたものです。息を吸うときは、まず胸が上がり、最大限上がったら横隔膜も最大限下がり腹部がふくらみます。吐くときは、まず腹壁が収縮し引っ込み、横隔膜が上がります。これが限界まで行なわれたとき胸が下がり完全に空っぽになります。

通常の呼吸は、性別をはじめ習慣や個人の練習によってそれぞれ程度の違いはありますが、これらの三種類の呼吸のいずれか、もしくはそれらを組み合わせたものです。女性は普通、胸式呼吸を、また男性は腹式呼吸をしています。
調気法の呼吸の仕方はこれらの普通の呼吸とはかなり異なり、骨盤隔膜に重点をおいているのが大きな特徴です。これは肺の残気量に直接関係があるものと思われます。
最近、アラン・ヘミングウェイ博士らがロングビーチ退役軍人病院で行なった対麻痺(両側下肢の麻痺)患者の肺機能についての研究は興味深いものです。それによると、すべての対麻痺患者の残気量は対照群よりかなり多くなっています。これは呼吸筋の麻痺の程度によるものではないと考えられます。腰椎、胸部、価頸部に損傷をもつ三グループの対麻痺患者すべてに共通していた唯一の麻痺は、下肢と骨盤底の筋肉の麻痺でした。さらに、対麻痺患者たちが座りがちの生活や仰臥の生活を送る一方、実験の対照群は活発に働いていました。このことから研究者たちはこうした発見について、やや遠慮がちにですが、ひとつの解釈を試みています。すなわちこの結果は、ふだん腹部内臓を支えている骨盤底の筋肉の麻痺によるものかもしれないというものです。この骨盤底の麻痺により横隔膜が下がり、このため残気量が増加したのだと彼らは仮定しています。研究者の言葉によると、「もしこれが事実とすれば、骨盤底には一般に信じられている以上に内臓を支える役割があるといえそうです」。この発見は、それが確認されれば、大変重要な意味をもつことになるはずです。
というのも、どの呼吸生理学の本でも呼吸における骨盤隔膜の役割については強調されていないからです。そうした本は呼吸の力学については述べていますが、骨盤底にはまったく触れてもいません。本書の著者の一人は、ロング・ビーチ病院で気腫の患者の治療に従事していたとき、偶然ある事実を発見しました。すなわち骨盤底の緊張や働きの重要性とそれの残気量に与える影響です。アラン・ヘミングウェイ博士に知らせると、彼はすぐに著者の見解を確証し、これを支持する前記のような研究を行ないました。それから、この件|呼吸における骨盤底の役割に関してさらに研究を進める計画が立てられました。残念なことに、筆者はそれ以上長く滞在することができず、仕事を続けることはできませんでした。しかし、この事実はまもなく日の目を見るでしょうし、骨盤底は呼吸において重要な役割をはたす(残気量に著しい影響をおよぼす)という主張も、容易に確認されるだろうと著者は確信しています。この論議は、調気法におけるムーラ・バンダの重要性を呼吸生理学の立場から訴えるものといえましょう。